




今年の上映作では、対照的なふたつの「ボール」が存在感を放っています。ひとつは、マルビナス(フォークランド)紛争後のアルゼンチン対イングランド戦で、マラドーナが決めた伝説のゴールをめぐる『あの試合』。もうひとつは、ロルカ的なシュルレアリスムに彩られたスペインを舞台に、差別の象徴として描かれる『La Bola Negra(原題)』です。次に、自由奔放に生きた時代への郷愁を誘う『私の人生の16の瞬間』は、女優・歌手であり、ドイツの映画監督R・W・ファスビンダーの妻でもあったイングリット・カーフェンのコンサートを記録したアルベルト・セラ監督の新作です。『ハエ』は、チャップリンを思わせるユーモアを織り交ぜたメロドラマとなっています。最後に、ガラ・セレクション部門で上映されるロドリゴ・ソロゴイェン監督作『愛しい人』は、撮影現場を舞台にした人間ドラマで、ラテンビートは字幕製作として協力させていただいています。

2008年の『レイク・タホ』にて、ベルリン国際映画祭でアルフレッド・バウアー賞を含む2部門受賞&金熊賞ノミネートを果たしたほか、『オルモと夏のステレオ』(25)の日本公開も控えるメキシコのフェルナンド・エインビッケ監督の最新作。メキシコシティのアパートを舞台に、孤独な中年女性と9歳の少年の交流を描いたヒューマンドラマで、本年度ベルリン国際映画祭エキュメニカル審査員賞を受賞した。
巨大な集合住宅で、誰とも深く関わらず、厳しく律した生活を送るオルガ。彼女は経済的な事情からアパートの一室をある男に貸すが、彼は9歳の息子クリスティアンも内緒で連れ込んでいた。クリスティアンの存在に気づいたオルガは、とあることをきっかけに、彼と思いがけない絆を築いていくが……。
オルガ役のテレシタ・サンチェスは、2023年の第20回ラテンビート映画祭上映作『夏の終わりに願うこと』(上映時タイトル『Totem(原題)』)にも出演。エインビッケ監督は、2010年の第7回でオムニバス『レボリューション』の参加監督(「ようこそ」担当)の1人としてゲスト来日を果たしている。

“ロス・ハビス”と呼ばれる監督コンビとして、スペインの映像エンターテインメントを席巻してきたハビエル・カルボとハビエル・アンブロッシが、スペイン内戦中に銃殺されたスペインの詩人フェデリコ・ガルシア・ロルカによる未完の遺稿を基に、1932年、1937年、2017年という3つの時代に生きる3人のクィア男性の人生を交錯させた壮大なドラマ。本年度カンヌ国際映画祭監督賞を受賞したほか、サン・セバスチャン映画祭でも観客賞を受賞。2027年アカデミー国際長編映画賞スペイン代表にも選ばれている。
異なる時代のスペインを生きる3人の男たちを、欲望と苦しみ、そして受け継いできた遺産が結びつける。1930年代で描かれるのは、共和国軍の兵士セバスティアンがガルシア・ロルカの実在の恋人ラファエルに抱く秘めた想い。2017年のマドリードでは、アルベルトが母親の抵抗に遭いながらも壊れた家族を修復しようとする。
スペインの人気シンガー、ギタリカデラフエンテが映画デビューを果たすほか、Netflix「エリート」で注目のミゲル・ベルナルデウ、名女優ペネロペ・クルスも出演。製作には巨匠ペドロ・アルモドバルも名を連ねている。ちなみにロス・ハビスは、『ホーリー・キャンプ!』を引っさげ、2017年の第14回ラテンビート映画祭でゲスト来日を果たしている。

ディエゴ・マラドーナの“神の手”ゴールで知られる、1986年FIFAワールドカップ・メキシコ大会準々決勝のアルゼンチン対イングランド戦を多角的な視点から振り返り、両国の間で2世紀以上にわたって続いてきた対立の歴史をたどるドキュメンタリー。本年度のカンヌ国際映画祭で初披露された。
本作は、“神の手”を含む貴重なアーカイブ映像と、イングランド代表のストライカー、ゲーリー・リネカー、ウイングのジョン・バーンズ、ゴールキーパーのピーター・シルトン、アルゼンチン代表フォワードのホルヘ・バルダーノ、センターバックのオスカル・ルジェリらの証言を交え、アステカ・スタジアムで行われた伝説的な一戦を振り返る。さらにはグラウンド外にも視線を向け、試合のわずか4年前に勃発したフォークランド紛争(フォークランド諸島におけるイギリスとアルゼンチンの軍事衝突)の記憶や両国の国民感情が、この試合にどのように投影されたのかを浮かび上げる。
監督のひとりフアン・カブラルは、CM、ミュージックビデオを手掛けてきたアルゼンチン出身の気鋭監督。英「イブニング・スタンダード」紙の「ロンドンで最も影響力のある100人」にも選出されている。

ラテンビート映画祭でもすっかりお馴染みとなった、スペイン・カタルーニャ出身の異才アルベルト・セラ監督の最新作。女優、歌手であり、ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー監督のミューズとして数々のファスビンダー作品に出演し、ニュー・ジャーマン・シネマの象徴的歌姫となったイングリット・カーフェンが、パリの歴史的建造物ブッフ・デュ・ノール劇場で行った一夜限りのコンサートを記録したドキュメンタリー作品。本年度ロカルノ映画祭で上映された。
演奏はセラ作品の音楽を手掛けるモルフォルツが担当。彼らが制作した楽曲にカーフェンが即興で歌を乗せる形で作り上げていった16曲はカーフェンの自伝的な内容で、オペラ、キャバレー、エディット・ピアフ風のスタイルを行き来する。セラ監督の前作『孤独の午後』と同様に被写体に集中する姿勢が貫かれ、観客席のショットが一切入らない形でカーフェンらの唯一無二のパフォーマンスが捉えられる。
前述の『孤独の午後』は、2024年の第21回ラテンビート映画祭にて上映。2022年の第19回ラテンビート映画祭では、同年のカンヌ国際映画祭パルム・ドール候補『パシフィクション』が上映されている。